書評と印税

8月26日の日刊ゲンダイに『骨董』の書評が掲載されましたので、以下に転載します。

春まだ浅いころ、本に呼ばれて私は「春の詩一〇〇選」を買った。ひどく引きこまれたが、その後、本が見当たらなくなった。ある時、友人の父親が食器棚の上に置いた骨董の茶碗が、そこにあるのに見えなくなった。
「何気なく目に入っているのに、見る側のなかのイメージがわずかずつ変化することがあるようで、いつの間にか、そのものがそのものらしくみえなくなってくる境があるらしい」と友人は言う。(「骨董」)
主題作ほか9編を収録した幻想的な短編集。


また、8月30日に『骨董』の印税として22,800円が振り込まれました。
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以下、長くなるが該当作のなかった「第145回芥川賞」での、宮本輝氏の「選評」から引用する。

今回の候補作六篇、どれも上手に書かれている。その点に関しては、私は全否定する作品はひとつもなかった。
しかし、文学の感動という、芥川賞の根幹を成す一点に、たとえ半歩でも踏み込みかけている作品もなかった。
どれも小手先の技で大海の表面の波を描いて、その深部の大きな潮の、押しとどめることのできない力の凄さに、いささかでも心を向けようとした形跡がないのだ。
これは今回の六人の書き手だけではなく、もう何十年もつづく日本人の精神構造でもある。ひとりの何の取り柄もなさそうな無名の人間の底に眠る巨大な力を無視し、なおざりにする社会が育つことによって、表面のさざ波ばかりに耳目が集まり、こざかしいスキルが褒め讃えられるようになり、偽せ物が本物としてあがめられる。
そのような風潮の典型的な結果としての、今回の候補作六篇であったと私は思っている。


文中に「心を向けようとした形跡」という表現がでてくる。
またしても、「心」である。
「心」は存在してもそれが何かに「向けられていない」のか、そもそも「何かに向けるべきもの」としての「心」が存在していないのか。
では、いま、そしてこれから、どうすればいいのか?

「心」を「振り向かせる」ものを書く、ないしはその対象となる「心そのもの」を「目覚めさせ」なければならない。
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死と生

・生死の向こう側に涅槃があるのではなくて、生死の真っただ中にこそ涅槃寂静と安心立命があるのだ。

以上、有福孝岳著「『正法眼蔵』の心」より


・虚と実、死と生、夢と現の境界を果てしなく越境し、文学の可能性を尽くした畢生の傑作。

以上、古井由吉著『仮往生伝試文』(新装新版)の帯より


「境界を果てしなく越境」する運動が、すなわち、「真っただ中にある」ということになるのだろう。
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作家の仕事

・他者に同情・共感を寄せる日本語の本質的な機能が、西欧語(中国語)の客観性と使い分けられて活用されるとき、この世界は本当の共生を可能にすると信じます。

以上、熊倉千之著『日本語の深層』(2011年5月)より


・かりそめにも外国語の文章の魅力に触れて、そして母国語の微妙な勘をまったく損われずにすむなどということは、近接した言語どうしの間ならいざ知らず、ヨーロッパの言葉と日本語というようなおよそ異った言語の間では、あり得ないことなのだ。

・私(翻訳者)は依然として建築物をひと部分ずつ解体して組立てなおす作業に従っていた。しかしときどき、論理の節があるべきところで、筆がひとりでに日本の長文の情緒に流れ出す。すると言葉は原文のレアりティーからどうしようもなくずれて行くのだが、日本語としてたしかに生きてくる。

・そんな分裂からひとまず逃がれられたというだけでも、外国文学者の畑から迷い出て小説に深入りした甲斐があったと、今はつらくなると自分を慰めている。

以上3箇所、古井由吉「翻訳から創作へ」(1971年2月)より


「一見、進化する余地のなさそうな」日本語を、それでも進化させていくのが、作家たちの真の仕事である。
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宗教

「生きている」ということは、単に「死んではいない」という以上の意味もふくんでいる、とする考え方は、人間の「傲慢さ」の表れではないだろうか。

そんなことさえ言い出さなければ、「よりよく生きる」などということも考える必要はなかったはずだ。

宗教が説く、「よりよく生きる」と「生きているだけで意味がある」、というこの両者は、どのようにして矛盾なく並立し得るのか。

死んでしまえば「よりよく生きる可能性」さえが失われる。単純にそれだけのことかもしれない。「よりよく生きる可能性」を信じられない者は、「死を慮(おも)う」のだから。
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現代日本語

・NHKのEテレで平日の夜放送されている「Jブンガク」という番組で、樋口一葉の「にごりえ」を英訳するにあたって、1895年に発表されたこの作品を、いったん現代の日本語に書きかえてから英訳をつくった、と訳者のロバート・キャンベル氏が言っていた。120年前の日本語より、現代の日本語のほうが英語に訳しやすいのだそうだ。

・北原保雄編の国語辞典『明鏡』の第二版(2010年12月刊)を買った。初版(2002年刊)に4000項目の増補を行ったという。それを最初の頁からくらべてくと、初版にはなく第二版にはある一番目の項目は「アーカイブ」だった。
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自己否定

道元は、日常的な分別心としての「慮知心」と「菩提心」との違いと関わりについて以下のように語っている。
どんなにすぐれた菩提心も、人間的慮知心から生まれてくるものではあるが、なまのままの、本能的な意味での慮知心だけでは菩提心とはならない。慮知心が菩提心となるためには、その間に一種の止揚、すなわち自己否定による自己肯定が必要である。

以上、有福孝岳著「『正法眼蔵』の心」より


「自己否定による自己肯定」という表現に、年を取ったせいばかりではない懐かしい匂いを嗅ぐおもいがするのと同時に、気持ちが自己否定の相(フェーズ)にあるときほど「生きている」という実感が強く伴うような気がする。
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いま・ここ

日本語と、英語などの西欧語や中国語とは本質的に翻訳不可能であり、(略)日本語が語り手の今・ここ、を叙述する言語であり、(略)日本語はあくまで語り手あっての言語であること、「言語の性質によって造られる文化が制約される」(サビア=ウォーフの仮説)により日本文化は日本語の性質に深く根ざしていること、日本語の文学作品は筆者自身が語っているという視点を抜きに解釈すると日本人が読んでも誤読してしまうこと・・・

以上、熊倉千之著『日本語の深層』への、ファンクマスター氏によるレビューより


人間の生きている真実相においては、明らかに、身心一如であり、性相不二である。というのは、身と心が二つながら共同し働き合っているからこそ、われわれの生の営みのすべてが成り立つのであり、身体のみの生も、心だけの生もあり得ない。同じく、一切の事物は、名前としての普遍的・不変的局面(性)と、個体としての特殊的・変移的局面(相)とを同時的に併せもつものである。人間的生とは、身心一如の総合体・相関体としてのみ存立可能である。(略)生死の苦しみからの解脱を、遠い未来としての死や涅槃の内に引き延ばし追い求めるのではなく、いまここに、自分の足元に、自分の手で、安心解脱や涅槃寂静を見出すことが、正しい禅哲学に立脚した、真面目な人生態度に他ならない。

以上、有福孝岳著「『正法眼蔵』の心」より


禅哲学の創生に日本語の性質が根底からかかわっている可能性をうかがわせる二つの発言である。
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苦行

仏教は、なるほど一方においては「心の宗教」として非常に観念論的・唯心論的一面をもっているが、他方においては「行の宗教」として極めて実践的・体験的側面をもっている。「行」は何といっても人間自身がおのれの身体をもって具体的・現実的に営むもので、決して観念的な事柄ではない。

人間は、行を通じて大自然や宇宙と一体不二であることを経験し実感し実証する。

以上2箇所、有福孝岳著「『正法眼蔵』の心」より


言葉による了解というものは、論理性と音楽性が共振れを起こすところで、はじめて生じるのではないか。

以上、古井由吉「翻訳から創作へ」より


「共振れ」という表現が、「実践的・体験的側面」とどこかでつながり合うような気がする。


ともあれ、「音楽性」において波長の合わない人とコミュニケーションを取るということは、私にとってまたとない苦行である。
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作家の真骨頂

「サライ」、1992年10月15日号を、私は悦び勇んで買った。「愛読書は辞書」という特集を組んでいたからだ。著名人や一般人だが蒐集家であるという人たちが、「私にとって辞書といえばこの一冊」というようなことを語っていた。

この号はその後何年か保存しておいたのだが、いつしか引越しの折りかなにかに処分してしまったらしく、いまは手許にはない。それでも、

「これまでに読んできた日本語のすべてが、私にとっては辞書といえます。」

というリービ英雄のことばが、いまだに忘れられない。
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