「生きている」ということは、単に「死んではいない」という以上の意味もふくんでいる、とする考え方は、人間の「傲慢さ」の表れではないだろうか。
そんなことさえ言い出さなければ、「よりよく生きる」などということも考える必要はなかったはずだ。
宗教が説く、「よりよく生きる」と「生きているだけで意味がある」、というこの両者は、どのようにして矛盾なく並立し得るのか。
死んでしまえば「よりよく生きる可能性」さえが失われる。単純にそれだけのことかもしれない。「よりよく生きる可能性」を信じられない者は、「死を慮(おも)う」のだから。
2011-08-27 00:28
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