お金と魂

死者や他者の魂との出会いの経験を通して、さまざまな「心的トラウマ」を解消する鎮魂のはたらきを大切にしてきた社会の姿を思いおこしたのである。もう一つ踏みこんでいえば、対人関係にもとづく治療行為にたいして、対魂関係ともいうべき、目に見えない軸を通してあらわれる心のはたらき、といってもいい。そのことを重視してきたコミュニティーの歴史からもっと学んでもいいのではないか、ということだ。そこには、他者の魂との出会いを通してさまざまな不安障害との折り合いをつける知恵や工夫が不断につみ重ねられていたように思うのである。
実は、「鎮魂」の歴史にももっと目をむける必要があるのではないかということになる。人間関係の重層的な網の目のなかには、もう一つ「対魂関係」ともいうべき目には見えない存在との関係を重視する心の軸が深く広く植え込まれているということである。そのことに今日のわれわれの社会は、あまりにも無自覚なのではないだろうか。

昨日につづき、山折哲雄著『日本の「宗教」はどこへいくのか』の「あとがき」からの「東日本大震災」に関して著者が思い起こした部分の引用である。


ぼくはこのなかで、「重層的な網の目」という表現に注目する。
ここで「重層的」というのは、ぼくなりの解釈でもっと具体的にいうならば、「対人関係」と「対魂関係」は相互に関係し合い、絡まり合ったものであり、そもそもふたつのものとして分離できるものではない、ということである。

さらに、「対魂関係」は「お金」とは無縁である、というのが、きょうの「タイトル」の所以である。
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