3人の詩人たち

用語の定義
 マーヒーヤ:普遍的「本質」
 フウィーヤ:個体的「本質」

「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」と門弟に教えた芭蕉は、「本質」論の見地からすれば、事物の普遍的「本質」、マーヒーヤ、の実在を信じる人であった。だが、この普遍的「本質」を普遍的実在のままではなく、個物の個的実在性として直観すべきことを彼は説いた。言いかえれば、マーヒーヤのフウィーヤへの転換を問題とした。マーヒーヤが突如としてフウィーヤに転成する瞬間がある。この「本質」の次元転換の微妙な瞬間が間髪を容れず詩的言語に結晶する。俳句とは、芭蕉にとって、実存的緊迫に充ちたこの瞬間のポエジーであった。

だが、同じく存在の真相を探る詩人といっても、リルケのように、個的存在者のフウィーヤだけに意識の焦点を合わせて、ひたすらその方向に存在の真相を追求していく人もある。

同じく存在の意識体験的な真相開明に執拗な情熱を抱きながら、しかも一切の「即物的直視」を排除して、マーヒーヤをそのイデア的純粋性においてのみ直観しようとする詩人もある。そのきわめて顕著な例を、私はマラルメに見る。


以上、井筒俊彦著『意識と本質』より
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伝わった?

前回につづき、諏訪哲史のエセーからの引用。

エスプリとは限りなく「詩性(ポエジー)」に近いが、韻文の謂ではなく、詩的センスを用いてその作品全体へ批評的な屈折を持ち込むことで小説の言語的な「リアル」を喚起せしめる、ある種の勘の良さのことである。


きのう拙著「骨董」について、読後の感想をメールで書いてきてくれた人がいる。

何を表現するかよりも”日本語をどう表現するか”という津田さんの真剣さをひしひしと感じるご本でした。

ここで「真剣さ」と言っているものが、諏訪哲史のいう「言語的なリアル」であるとするなら、「この本で何かが伝わった」と思うことにした。
また、前回の記事に「nice」を投じてくださった人にも「伝わった」のだと思っている。

ありがとうございました。
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才能に気づく才能

以下は、「文学界」2011年9月号に載っている諏訪哲史によるエセー「どうすれば小説が書けるのですか?」からの引用である。

ここまでずっと読書の必要性ばかりを書いてきたが、もっと切実な条件が、小説を書くのには必要とされる。それは一言でいえば「エスプリ」の才能、文学的なセンスの有無である。これは、言葉で人に教えることができず、おそらくは読書の累積によってしか鍛えられないものだ。ただ、勇気を出して言うが、センスというものは、それを当たり前のように持っている者と、逆さに振っても出てこない者とが歴然として存在する。こうした才能は先天的なものではないように思う。

ここを読んでぼくは、「才能に気づく才能というものが存在する」と改めて確信させられた。
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自作掌編小説

      澄 明

津田 博司

 なかにいて「広い」と思うだけでなく、通りをへだてた向かい側から眺めても「広い」と感じさせるその建築物は、単に「大きい」というだけでなく、実際の建物部分のまわりにゆとりを持った空間がしつらえられていたため、そういう印象を醸し出していたのだろう。建っている場所が市内の文教施設の集まる一郭であるだけに、なおさらそういった印象が強かったのかもしれない。その一郭を除けば、建物は肩を寄せ合うように建っていた。
 私がその光景を目にしたのは、東京から十二時間ほど車を夜通し運転し、途中で初夏の夜も明け、人影もない市の中心部を路面をはしる市電だけが幻みたいに宙(そら)からのものであるような音を残して遠ざかる、山のなかにいるかのごとき錯覚を起こさせる土曜日の朝だった。
 その建築物は、光の白い粒子を浴びていた。そしてすっぽり静もれていた。
 ふたたび人を受け入れるまでにはまだ一時間半ほどあり、妻と私は、いまとなっては俄かに信じ難いような話だが、朝の八時半だというのに営業していたレストランにはいり、量も時間もたっぷりとした朝食をとることにした。最初に飲んだ、冷えた水がおいしかった。天井が高く、人の背丈ほどのところまで煉瓦積みになった店内で、注文してから出てくるまでに時間のかかる料理を待ちながら、前の晩交代でハンドルを握った妻と私は、あのときはとにかく眠くて車が左右に蛇行した、などとあぶなっかしい話をしながら、無事に目的地に着いた安堵感に浸っていた。

 十時の開館と同時に足を踏み入れた空間は案にたがわず異界だった。非現実的というのではなく、現実世界ではめったにお目にかかれぬ「真実」の霊気に満たされている分、それだけまさに無機質的だった。見えない幕の内側に誘い込まれたと思った瞬間、他の数少ない来館者ともども妻の姿が吸われて消えた。いくら耳を澄ましても、物音ひとつ伝わらない。
‐‐昼間は口をとざしていても、作品たちは夜語ります。
それだけ言うと声は引き潮のように遠のいて、黒い砂がかわいていった。

 横に長い窓外で、竹の林が陽をくっきりと身に受けている。

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WB

日販図書館サービスという会社から「ウィークリー出版情報」という雑誌が発行されている。
これは、図書館員が選書をするにあたって参考となるよう、新刊本を紹介しているものらしい。
その「7月第3週号」に「骨董」が載っていた。
さらに、この雑誌には「ウィークリーブックス」(雑誌のなかでは「WB」と略されている)というページがあ、そこで他の10冊といっしょに「骨董」が取り上げられていた。説明によれば、WBとは、「特にご要望の多い売れ筋商品を事前に確保し、ご提供するシステムです。」とのことである。

図書館で自著を目にする日がくるかもしれない!
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言語を超え、言語の能力を否定するためにさえ、言語を使わなくてはならない。いわゆる「言詮不及」は、それ自体が、また一つの言語的事態である。生来言語(ロゴス)的存在者である人間の、それが、逆説的な宿命なのであろうか。
以上、井筒俊彦著「意識の形而上学ーー『大乗起信論』の哲学」、p.21より。

つぎの詩をみてみよう。

   飲酒  陶淵明

   廬を結びて人境に在り
   而かも車馬の喧かまびすしきなし
   君に問う 何ぞ能く爾(しか)るやと
   心遠ければ地も自ずから偏なり
   菊を采る 東籬の下(もと)
   悠然として南山を見る
   山気 日夕に佳よく
   飛鳥 相与ともに還る
   此の中に真意あり
   弁ぜんと欲して已に言を忘る

最後にくる「忘る」とな、人間としてこの世に生まれてきたときに、どこか別の世界に忘れてきてしまった、と読めないだろうか・・・
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黄昏

『千年の祈り』の2編目が「黄昏」という題だったので、下記の詩を思い出した。

  「楽遊原」  李商隠

  晩(くれ)に向(なんな)んとして意(こころ)適わず
  車を駆かって古原(こげん)に登る
  夕陽(せきよう) 無限に好し
  只だ是れ 黄昏(こうこん)に近し

  満たされぬ心のままに
  暮れ方の高原に登る
  空を染め輝く夕陽
  たそがれのせまるひととき

そういえば、ずいぶん前に刊行された本だが、岩波の「中国詩人選」とかいう叢書で李商隠の執筆を担当したのが、高橋和巳だった。

1990年代、NHKで「漢詩紀行」という番組をやっていた。案内人は、陳瞬臣氏、榊莫山氏などだった。
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夏の読書

加島祥造という名をご存知だろう。英訳されたもので老子に出会い、それを自身、自由詩というかたちで翻訳した『タオ・老子』がロング・セラーとなっている。1923年生まれ。

「何か新鮮な文章を読みたい」と思いながら自分の読書記録を見ていて、『千年の祈り』を読み返し始めた。2007年に英語から翻訳された短篇集である。読みやすいが訳文が日本語としてどうしても軽い気がして、そういえば『マラマッド短篇集』もあったはずだと、その本を書棚から出してきてみると、その訳者が加島祥造だった。ぼくが持っていたのは1974年に出た五刷だった。高校生のころに読んだものだ。なかに「夏の読書」という一篇があったことを思い出し、あのころはほかにもジョン・アップダイクの短篇集をよく読んでいたな、となつかしくなった。

「文体をたのしむ」という点では、やはりオリジナルが日本語のものにはかなわないが、ときには異なる世界観を味わう、という意味で、良質の翻訳物もいいかもしれない。
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われらの書棚

このブログを読んでくださる方ひとりひとりの書棚が見えてくる。

世間一般では決してベストセラー作家のものではない本が、持ち主との夜の会話を待つ風情で、他人の目にどう映るかは知らないが、所有者にとっては並べる順にも理由(わけ)のある淡い表情で整列し、「この本、読んでみて」と不意に人の手に渡される心配のないことに活字の底から真にくつろいでいる雰囲気が、月明かりにそよぐさざ波のように、静かに深く寄せてくる。
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